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追悼 醤油らぁ麺すっきりした飲み干したくなる鶏ベースの清湯、風味の良い美しい自家製麺、穂先メンマ、九条ネギ、山形県平田牧場 三元豚、このチャーシューも旨いなぁ、とても美味しかった!佐野さんが亡くなられたと聴き、ショックで全身の力が抜けてしまった、ラーメンの鬼は病気も吹っ飛ばすと思っていたので、まさかでした、残念です、つけ博でお会いした時に、今思えば身体が大変だったのですね、お会い出来て感激でしたが、最後になってしまった、私が佐野さんのラーメンを初めて食べたのが18年ぐらい前の本鵠沼の醤油ラーメン、雑誌、テレビで見て話題のラーメンがあるという事で行きました、外観には「私語厳禁」「うるさい大人、子供お断り」「香水お断り」など書いてあった、静かな子供はいいのかな、行列に並び店内へ、恐る恐る入るとほんとにシーンとした病院の待合室のようだった、注文する声だけが、かすかに聴こえるのみ、凄いお店だと思った、テレビで放送した時に女性レポーターの方の香水がダメだったらしく佐野さんが「帰れ!」と言った、レポーターの方はちょっとだけ、だったか、一口だけだったか、涙を流しながら「食べさせていただけませんか」と頼んだが、「ダメだ帰れ!」と言っていたのが印象的だった、次の日かな、佐野さんが巨人ファンらしく、人形だったか、何か忘れましたが、プレゼントして、香水も無しで行って、食べる事が出来た、普通に考えたら有り得ない、なんつう店だ、何様だと思う、並んでいる人は何故、並ぶのか、応えはすべて「一杯の丼」に出ていたと思います、国産のしなやかな麺、たっぷり注がれたスープ、素材の旨味がこれでもか!というぐらい浮き上がってくる「これでどうだ!」声が聴こえるようでした、ビシッと決まった、究極の一杯と言える、最高の一杯だった、今でもその衝撃は忘れられません、それだけのラーメンを作るには情熱はもちろん、時間も経費もかかる、何度も繰り返して作らなければならない、失敗すれば捨てなくてはならないので研究を重ねていくのにたくさん胸を痛めておられたのではないかと思う、佐野さんから「最高に旨いのを出すから分かって欲しい」と言われているような、私自身の勝手な意見ですが、そのように感じました、お客さんに最高の一杯で喜びを感じて欲しいという、鬼の優しさではなかったのかなと思います、賛否両論色々ありましたが、もうここまでの絵に書いたような、数々の伝説を持つ頑固親父は居ないのではないか?とても寂しいです、私自身、最高の一杯をいただき、感謝しております、美味しいラーメンをありがとうございました、心より御冥福をお祈り致します。
こんばんは。 追悼訪問、ありがとうございました。 結局支那そばやさんを訪問する前に逝かれてしまいました。 いつでも真剣勝負だった佐野さん、心からご冥福をお祈りします。
こんばんは。 一度でよいから食べたかったです。
glucoseさん、こんばんは、 ほんとですね、いつでも真剣勝負、凄い方だった。
あらけんさん、こんばんは、 支那そばやの遺伝子を受け継ぐお店がきっと驚きの旨いラーメンを作るでしょうね!
すっきりした飲み干したくなる鶏ベースの清湯、風味の良い美しい自家製麺、穂先メンマ、九条ネギ、山形県平田牧場 三元豚、このチャーシューも旨いなぁ、とても美味しかった!
佐野さんが亡くなられたと聴き、ショックで全身の力が抜けてしまった、
ラーメンの鬼は病気も吹っ飛ばすと思っていたので、まさかでした、残念です、
つけ博でお会いした時に、今思えば身体が大変だったのですね、お会い出来て感激でしたが、最後になってしまった、
私が佐野さんのラーメンを初めて食べたのが18年ぐらい前の本鵠沼の醤油ラーメン、
雑誌、テレビで見て話題のラーメンがあるという事で行きました、外観には「私語厳禁」「うるさい大人、子供お断り」「香水お断り」など書いてあった、静かな子供はいいのかな、
行列に並び店内へ、恐る恐る入るとほんとにシーンとした病院の待合室のようだった、注文する声だけが、かすかに聴こえるのみ、凄いお店だと思った、
テレビで放送した時に女性レポーターの方の香水がダメだったらしく佐野さんが「帰れ!」と言った、
レポーターの方はちょっとだけ、だったか、一口だけだったか、涙を流しながら「食べさせていただけませんか」と頼んだが、「ダメだ帰れ!」と言っていたのが印象的だった、
次の日かな、佐野さんが巨人ファンらしく、人形だったか、何か忘れましたが、プレゼントして、香水も無しで行って、食べる事が出来た、
普通に考えたら有り得ない、なんつう店だ、何様だと思う、
並んでいる人は何故、並ぶのか、
応えはすべて「一杯の丼」に出ていたと思います、国産のしなやかな麺、たっぷり注がれたスープ、素材の旨味がこれでもか!というぐらい浮き上がってくる「これでどうだ!」声が聴こえるようでした、
ビシッと決まった、究極の一杯と言える、
最高の一杯だった、今でもその衝撃は忘れられません、
それだけのラーメンを作るには情熱はもちろん、時間も経費もかかる、何度も繰り返して作らなければならない、
失敗すれば捨てなくてはならないので研究を重ねていくのにたくさん胸を痛めておられたのではないかと思う、
佐野さんから「最高に旨いのを出すから分かって欲しい」と言われているような、
私自身の勝手な意見ですが、そのように感じました、
お客さんに最高の一杯で喜びを感じて欲しいという、鬼の優しさではなかったのかなと思います、
賛否両論色々ありましたが、もうここまでの絵に書いたような、数々の伝説を持つ頑固親父は居ないのではないか?
とても寂しいです、
私自身、最高の一杯をいただき、感謝しております、
美味しいラーメンをありがとうございました、
心より御冥福をお祈り致します。