ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さんの他のレビュー
コメント
どもです。
私も交通会館は得意です❗
本屋で立ち読み、ひょっとこ、そして何より昔から
こちらのトイレはウォシュレットがついててお気に入り(笑)
ラーするガッチャマン(通院中) | 2022年3月17日 18:33ここは気になってました。
一度は行ってみたいですね。
NORTH | 2022年3月17日 18:53ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんばんは。
歴史的な背景はともかくとして、なかなか美味そうな色合いのスープ、そして麺。
機会があれば食べてみたいところですが、土日祝が休みというのが勤め人には敷居が高い・・・
ぬこ@横浜 | 2022年3月17日 20:29こんばんはぁ~♪
勿論こちらは知っていますが未訪なんです。
お粥も有名なんですよね。
女将さんの笑顔見に行こうかな。
交通飯店も閉店ですか。
いつももっと早く行っておけばよかったと思うんですよね、ネ(^^)/
mocopapa(S852) | 2022年3月17日 21:54チャーハン喰いたい!
junjun | 2022年3月18日 07:53おはようございます😃
昔懐かしいと言いながら、女将さんの拘りが
そうとばかりは感じさせないようですね。
このカテゴリーになると、どうしても話題を
掘り下げたくなるようで。
交通飯店、寂しいですね。
としくん | 2022年3月18日 08:35こんにちは。明治45年創業とは凄い年月ですね。ラーメンの味は常々変えて来たような気がしました。
いたのーじ | 2022年3月18日 15:06こんにちは。
交通会館は昔パスポート作りにいきましたが今はやってないんですね。
ひょっとこも行っておかないとそろそろですかね~
新陳代謝、ご存じの通東北でも仙台の老舗 しのぶが閉店しました。
会津の明治45年創業の三角屋もひっそりと店を閉じましたし、諸行無常の響きありですね。
kamepi- | 2022年3月18日 15:35おはようございます。
女将さんのtwitterで紹介されている、
インタビュー記事を読みました。
祖母のお店を継いだ想いに、
行ってみたくなりますが、
週末定休なので、なかなか…
当方の勤務先では、今でも、
退院までは病棟内に缶詰で、
通常のお見舞いも出来ません。
おゆ | 2022年3月19日 06:56秋葉原に勤務していた当時は、ここや隣のまぐろ屋を含め、この界隈で食事する事が少なくありませんでした。閉店は悔やまれますが、仕方ありませんね。
今、himaさんの会社がこの直ぐ近くのはずなんです。彼はどんな気持ちで、閉店の報を受け止めているんでしょうか。
Dr.KOTO | 2022年3月20日 09:50こんばんは
交通会館に何度も行かれるんですか。
独特の空気感がありますよね。
飯店には行ってませんが、一度行った時に東京の歴史が詰まってる様な感じがしました。
あらチャン(おにぎり兄) | 2022年5月29日 18:43

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
さぴお
4門

スプーナー®
white-skywave





あれ? 店内掲示で「昔懐かしい東京ラーメンの味を納得いただける」といった記述があるのだが・・・正直、ボクが子どものころに食べた味とは相当違う。だから懐かしい感じはしないのよのね。
スープは豚骨、老鶏、野菜といったところが出汁素材なのだが、もしかすると素材の多さが懐かしさをスポイルする要素?
ただ麺がなかなかいい。伸びにくいようで、シコシコ間感を保持。皮付きチャーシューは立派なモノ。仕入れ値が上がって大変、だそうだが、それよりも女将一人で仕入れ、下拵え、調理、接客というのは大変だろうに。もっと簡単なチャーシューでもいいのだろうが、そこは店の拘り、ということか。
・・・さりげなく読んだネット記事からこの店のことを思い出した。そして、またもやいろいろと修正点を書かねばならぬ~ってか。
この店と、萬楽飯店 は、経営者が兄妹の関係だそうな。お二人の曾祖母が1912(明治45)年に日本橋で開業したのが始まりという。どうやらテレビで紹介されたようで、その際「現役最古参の中華そば店」的なコメントが付けられたようである。もちろん、これは誤りだ。加えて尼崎にある 大貫 本店 が最も古い、といったネット上の記述が多数あるのだが、「大貫」の公式サイトを読むと「一番古いか否かかは当店自体が把握していません。ですので当店が看板や名刺、その他の印刷物やメディアに『一番古い』と自ら発信した事は一度もありません」と記載がある。もちろん、「大貫」が最古参という事実もない。こういうことは結構あって、元ネタが一緒でそれを引用するから増殖する。ちょっと立ち止まって調べれば修正できるのにね。まあ、ボクもあまり他人様(ひとさま)のことは言えないけどさ。
「中華そば店」で最古、という言い方が出来るのであればそれは正解? そもそも「中華そば」「ラーメン」「支那そば」といった呼び方にどんな違いがあるのか? 淺草來々軒の話はご存じの方も多かろう。「日本初のラーメン専門店」「塩味だったラーメンの味を醤油に変えた店」など事実と異なる話が20年以上にわたって幅を利かせていたが、それは事実と全く違って、ようやく修正され始めたところ。けど、またぞろそんな話が出て来たかと思うと、まあ大メディアの情報なんぞあてにならんという証左である。ちゃんと裏取れよなって話だわ。現役最古参の「中華そば(ラーメン・支那そば)」提供店、創業当時から麺類を出していた(だろう)という前提で書けば、無論横濱中華街の 聘珍樓 横浜本店 で間違いなかろう。都内、ということであれば 維新號 銀座本店 。ただ、創業当時は饅頭専門店であったそうで、麺類の提供時期が不明。ならば1906(明治39)に開業した 揚子江菜館 ではなかろうか。リストは下記で公開しているので興味のある方はどうぞ。
https://blog.goo.ne.jp/buruburuburuma/e/ea80328da5637419ffc3a09667009348
淺草來々軒のことを調べ始めてもう3年ほどになる。大正時代に書かれた本から現代のネット情報まで、まあ随分と読み込んだ。おかげでラーメンの歴史がだいぶ見えてきたが、まだまだ、である。
あらら。話が、また逸れちまった。ともあれ神田明神参拝後に向かったこの店。神社からは徒歩5分程度。結構目立つ場所にはあるが、外観がパとしないし、とにかく歴史がある店、もはや周辺の街並みに溶け込んだ、というより、店に合わせて街ができた、そんな雰囲気なので気付きにくい。
平日の正午前、先客一人であとからは・・・なし。うーん。ネット記事でコロナ禍でかなり厳しいと読んだので、もっと流行って欲しいな。オカミサンは気さくで、飾り気のない店内は過ごしやすい。帰り際、ネット記事を読んで訪れたことを話すとオカミサン、恥ずかしいわ、でも有難う、とニコッ。これを読んだそこの貴方、ぜひオカミサンの笑顔を見に行ってくださいな。そうそう、明神にも参拝してね。
・・・天平2(730)年の始まりという神田神社、あるいは神田明神。なんと、『神田、日本橋(日本橋川以北)、秋葉原、大手町、丸の内、旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神』(Wiki)だそうだ。知らなんだ~ それに都内に住んでいれば東京三大祭りの一、神田祭はたいがいの方がご存じだろう。それだけ東京の東のエリアでは知られた神社だよね。
この日、ボクはお茶の水の駅に降り立った。駅前に聳える二つの大学附属病院が目に入る。向かって右側の病院は2020年の夏、両肺に転移したがんを切除するために入院した病院。あのころ、コロナが猛威を振るっておって、病室に缶詰めにされたのだ。2年近く経ってようやくコロナは終息しそう。
そうそう、神田明神、知らなかったが御札立、神棚なども販売しているんだね。せっかくだから鳥居などを買ったわ。
え? 鳥居? ああ、檜材のミニュチュアだからね。
PS 店舗情報にも記載したが、有楽町・交通会館内の 交通飯店 が店主高齢等のため閉店する。3月17日正午前に訪問するも、待ち客が・・・
あの交通会館地下の狭い通路にぎっちり。さらに地下通路に繋がる階段にも並び、加えてその通路を越え反対側の階段の登った踊り場まで! 店近くの階段までの人数40人までは数えたが、あとはもう面倒になった。おそらく70人ではきかないだろう。20人とか30人くらいは待っていると思ったが、まさかここまでとは。並んで食べるとしたら15時、いや16時過ぎになるだろうから諦めた。
交通会館は1965年(昭和40年)6月18日に竣工。店の新規オープンは同じ年で、この神田の店よりはずっとも短いが、それでも57年間という長期の営業を終え、暖簾を畳む。
後継者がいない個人営業店の宿命だが、ボクはこういう話を聞くたび、最近は「一つの時代が次々と終わるのは、社会の新陳代謝でもある」と思うようにしているが、ひと月に何度も交通会館に行くボクは、寂しい限り。それ以外に言葉がないわな・・・