コメント
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん、こんにちは。
確かに喜多方ラーメンといえば、一番の主役は麺ですよね。
>喜多方の夜はとても早い。
前回来たときもそう思いましたが、関東の感覚で店を探すと、夜はほとんど閉まっちゃうんですよね。
喜多方でラーメンを楽しむ場合には、少し関東圏と時差をずらしたほうがいいのかもしれません。
(白河もそんな感じでしたが・・・)
ぬこ@横浜 | 2019年9月6日 18:47こんばんは。喜多方って不思議なんですよね。ラーメン屋が数多くひしめき合う激戦区で人口は少なそう。観光客が多いんですかね? 列車の本数少ないし… 儲かるのかな?…なんて思うんです。
いたのーじ | 2019年9月6日 21:10喜多方ラーメンは麺が主体ですか🤔
でもスープって重要ですよねー
NORTH | 2019年9月6日 22:45こんばんは~
大都市圏は別にして、製麺所のある地域と手打ち文化の強い地域を比較すると凄い面白いですよね。
喜多方のラーメンの定義って麺なんですよ>>
こういう表現大好きです!
銀あんどプー | 2019年9月6日 23:09おはようございます(*^^*)
>喜多方のラーメンの定義って麺
なるほど、合点がいきました。
喜多方は日帰りのみなので、一度ゆっくり
泊まってみたいかも。
としくん | 2019年9月7日 07:32こんにちは。
此方はなかなか美味しかったですね〜
麺の違いには気がつかなかったな〜
kamepi- | 2019年9月7日 12:23こんにちは❗
喜多方は、麺を食べさせると言い切るのは
粋ですね~(^-^)美味しいスープも吸って
くれないとですが😁
長野は仕事で回るのでチョイチョイ…
塚田氏て?誰なのですか?
気候は、まだ上着無しで仕事してますよ。
あひる会長 | 2019年9月7日 17:34どもです。
若い頃、福島県を担当してたので、喜多方も良く行きました!
昔のお店はほぼ行ってますが、スープは何でも良いは
いくら何でもどうでしょう^^;
でも、あの当時から老麺会ははびこってましたね😆
ラーするガッチャマン(通院中) | 2019年9月7日 20:15当店も老麺会もお初の見聞です。
興味深く読ませて頂きました。
今日。十条の例の新店に行ってきました。
おゆ | 2019年9月7日 20:59こんばんはぁ~♪
喜多方の源流の店なんですね。
ここも行ってみたいですね。
老麺会とか山塩組合とか、団体の締め付けが厳しそうですね。
mocopapa | 2019年9月8日 00:58

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
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モンゴルマン






スープは穏やかなものだが、これといった特徴はない。しかし、この麺はどうよ! とにかくツルツルである。表面が艶々していて、実に舌ざわりがスバラシイ。一般的な喜多方ラーメンの麺とは違うが、これが「発祥店」の麺なのか! ってな感じである。平打ちには違いないが、強い縮れはない。こういう喜多方ラーメンというのがあるんだ、と新発見した気分である。
具は葱と刻みチャーシューを和えたもので、特筆はない。なんと言っても、麺である。
チェーン店「坂内」を運営する会社・麺食の二代目社長は、あるインタビューでこう答えている。『そもそも札幌味噌や博多とんこつなどはスープでカテゴライズしますよね。一方、喜多方のラーメンの定義って麺なんですよ。言ってしまえば、スープは何でもいいんですよ。多加水の縮れ麺であれば、スープに魚介が入っていてもいいと。』つまり、喜多方ラーメンとは、麺にこそ特徴があるのだ。
しかし、思うのだ。喜多方ラーメンは、昭和の初め、中国からやって来たこの店の初代が麺を打ち、屋台を引いたのが始まりという。ならば、伝わっていくのはこの店のような麺ではないのか?
喜多方ラーメン店の団体「老麺会」のサイトでは麺についても詳しく書かれている。要約すると、『源来軒は積極的にレシピを公開していた』。ただ、蓮沼季吉という人(注・今の「麺匠はすぬま」の初代)が戦後間もない頃、浅草で製麺機見つけ、喜多方に戻って製麺所を始めた。手本にしたのは源来軒のようで、『平ったくて、太い麺までは機械で打てたが、……試行錯誤して縮れ麺になるよう機械を改良』し、そこの従業員たち等が新たに別の製麺所を興した、というのが流れとか。つまり、源来軒はなお手打ちの麺にこだわっているが、多くの店は「はすぬま」から派生した製麺所(たとえば曽我製麺所)などからの麺を使っているということだ。
麺匠はすぬま の公式サイトではこんなふうに書かれている。『喜多方に戻るとすぐ製麺機を求め、「はすぬま製粉製麺工場」の看板をあげました。今でこそ喜多方ラーメンの町として十数社の製麺工場がありますが、当時は弊社だけでした』『・・・ラーメンブームが突然の様に起こったのは、今から十数年ほど前のころ。NHKがテレビで紹介したことから始まり、「蔵のまち喜多方」を取材にきたのだが、ラーメン屋が沢山あるのに驚き、それも合わせて紹介したところ一挙にブームになりました。工場もいきなりフル稼働状態になり、マスコミの取材は連日の様にありました。ふと気が付くと同業者は十数社に増えており、ラーメン屋は150軒になろうとしていた』。
源来軒はずっと作り方を変えていないという。まさに喜多方ラーメンの原点なのだろう。
「老麺会」のサイトを良く読むと分かる。ラーメンも、一つの物語になる、ということだ。
・・・平日の18時頃、先客は一人、後からカップルが二組。店の奥にご主人が、ほかに年配の女性が二人いて客応対をしている。壁には多数の色紙が飾ってあった。
喜多方の夜はとても早い。それは6年前に来た時にも感じたことで、著名なラーメン店は夕方には早々に早仕舞いをしてしまう。日中でも静かなこの町は、日が落ちると寂しいくらいになってしまう。幸い、ボクが泊まるホテル(6年前も同じホテルだった)は、この店と至近の距離だ。
さて、長い夜をどうして過ごそうかと考えながらホテルに向かって歩く。暑かった日中、脱いでいた薄手のブルゾンは、当然のように袖を通していた。
秋は、もう、すぐそこ。