コメント
こんばんは。
近くの七麺鳥に向かう途中で、
此方よりずっと後に出来た筈の、
歩道橋に隠れがちな此方に気がつきました。
なので、今回の出だしが歩道橋なのは、
よくわかります。
おゆ | 2016年12月15日 22:32>中断
え~っ!??w
まあ、ノスというより、旨煮ルーツ巡りになりつつありましたし、
違った観点からの再開を期待しますかw
「ちゃんぽん」好きとしては、
一言いいたいネーミングw
さりとて、ネーミングも「ちゃんぽん」というオチで、
「味」があって美味ければいいかな。
GT猫(ひっそり活動中...) | 2016年12月15日 23:58うまにそばをチャンポンって呼んじゃうんですね (笑)
もうなんでもありっていう感じがいいなぁ
NORTH | 2016年12月16日 06:23そういえば、新小岩駅の南口の歩道橋が撤去されるとき
見ましたね。解体途中だったのでグロテスクな姿でした。
中断 OKです。
で臨休のお店って???
mocopapa | 2016年12月16日 09:53毎度です~
>日本人は愚かにも
考えてみたら外国では見ませんな、確かに。
遠征はどちらでしょ!?楽しみにしてます。
としくん | 2016年12月16日 15:07こんにちは。
次は静岡ですね〜
無事、ゲットできることお祈りしてますよ~?
kamepi- | 2016年12月16日 16:20

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
甚平
4門
SPARK影
おうじろう





ヒト様をなんと、と心得る。
本当に、ヒト様を愚弄する構造物だ。
歩道橋。
昭和四十年代に、交通戦争、と呼ばれた頃があった。衝突軽減ブレーキなんてのは夢の時代、ABS(アンチ・ロック・ブレーキ)だって、昭和の終わりころからようやく普及され出した。
だから、交通事故で犠牲になる人が多かった。日本人は愚かにも、「横断歩道橋」なるモノを頭上に掛け始めた。とんでもないことだ。
今から思えば。現在では、老朽化したものなどから撤去され始めた。ヒトに酷い、構造物。
いや、ヒトだけではない。この店だって、目の前に歩道橋がなければ、もっと、目立っているはずだ。
谷根千。三十年程前から、谷中・根津・千駄木の頭文字を取って、こう呼び始めた。下町の、長閑な地区だ。戦災を逃れた地域も多く、古くからの店も多く残っている。
・・・目の前に、歩道橋があるから解かり辛い。でも、「みやこ」(注・「こ」の字は変体仮名を使用している)の文字は、結構、存在感がある。
土曜。昼前。先客は二人。やがてその二人も消え、ボク、ひとり。
「昔の味を守ってます」的な店内表記がある、「うま煮そば」。無論、ソレを喰うために来たのだ。
しかし、目の前にある「御献立表」には、ちゃんぽん。カッコ書きで「うま煮そば」、だ。なんだか、可笑しい。
http://photozou.jp/photo/show/1868636/243770149
まあ、ホント、飽きない。ノス系は、いくら喰っても飽きが来ない。どうだ、このスープは。
イイ。醤油の、そして甘さが、イイ。これは、旨い。麺だって、そう、ノス系はこれでなくては。滅茶苦茶、緩い。軟い、のではなく、緩い。ダマになっているのは愛嬌だよ。
卓上のラー油と胡椒を加えれば、まあえも言われぬ、と書けば大袈裟か。小さな、ささやかな幸福感。
肉がイイ。白菜、人参、玉葱。白木耳なんてのも入っている。
外気温は低く、北風が強く、寒い日。冬至も近い日ではあるが、食べ終えれば額にうっすら汗をかいていた。お代を払おうとすると、オカミサンが「どう? 温まった? 良かったわね」と微笑んでいる。
店内はいつの間にか六人ほどの客。厨房で白いコック着の主(あるじ)が鉄鍋を振っていた。
典型的な、街中華、日式中華。創業は、ボクが産まれる前。歩道橋なんてものもない時代。昭和、三十年。こういう店が残っていて、こんなラーメンが喰える日本人は恵まれているネ。
・・・この店の近くには、創業「元禄年間」という信じられない歴史を刻んだ豆腐会席の店や、蔦の絡まった古い外装の洋食屋もある。豆腐会席は遠慮しておくが、この店のナポリタンはウマそうだ。
http://photozou.jp/photo/show/1868636/243770180
※ノス系はちょっと中断します。なぜ?
遠征だって~
まずは、前回フラれたアノ店だ。
臨休にならないように、ただ、祈るのみ・・・