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コメント
最近、屋台ラーメンって本当に見かけなくなりましたねー。
私の憧憬には、美味いラーメンはまず屋台でした。そして店を構えてどこかに消える。
今から思うと衛生的でもなかったんだけど、
大人が座る腰かけにどんぶり置いて、ふーふー吹いて冷ましているうちに、伸びた麺を食っていたんでしょう。店を構えてからもいろいろありますなー。
とまそん@ラーメン食べて詠います | 2016年12月5日 17:32創業45年続いているのは凄いですが、
かなり紆余曲折があったようですね。
続けることがいかに難しいことか。
NORTH | 2016年12月5日 17:42ノス活の「負」な一面を垣間見てしまったかも?
現代の「典型」な一杯とも違うクラシカルに出会い、
これでいいじゃないか、と思うこともあれば、
「変化を求め、迷走に入り込んだ」ことを感じることも。
昭和46年、まだ野球なんてわからなかった私です。
GT猫(ひっそり活動中...) | 2016年12月5日 18:57こんばんはぁ~
何年前でしょうか。勝丸でいただいたのは。
残念な味でした。老舗も常に進化しないと時とともに忘れられていく存在に
なってしまうのでしょうね。
mocopapa | 2016年12月5日 21:56おはようございます。
有名店だったんですね~
時の流れにはあらがえ無いですね。
kamepi- | 2016年12月6日 07:07こんにちは。
此方は「かつ”屋」に向かう途中で、
ここにも支那そばがあるなと思っていましたが、
この様な老舗とは知りませんでした。
この時の麺の塩梅は、大崎さんのレポの時よりは、
アレだった様ですね。
おゆ | 2016年12月6日 14:41

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
グフ ゲルググ
わた邉

トーキョースペリア






無性に「昭和の中華そば」が喰いたくなった。だから、此処に来た。二度目。十年以上前、喰っただけ。なんか、物足りなかったけど、今のボクにはきっと旨く思える、と思った。
「屋台物語」を喰うつもりだったが、メニューを見て気が変わった。まさに「昭和の中華そば」があったから。
スープは、イイ。きっちり、すっきり、醤油ダレが効いている。が、イカンことにトッピした葱に辛い味が付いていて、スープをちょっと汚してる。
麺は・・・こんなだったけ? やたら、緩い。手もみ、平打ち。うーむ、食感がイマイチ。
ちょっとパサついたチャーシューはイマイチだな・・・
葱200円って・・・量は少ないし。高過ぎ、だよな。
勝丸。1990年代には相当な人気店だった、はずだが。日曜の昼過ぎ、先客は十人ほどだったが、後からは二人。ボクが席を立った頃には、ガラガラになった。
・・・ 阪神の江夏が田淵に「追うな!」と叫んだ。九人目の打者、阪急の加藤のバットが空を切る。史上初、プロ野球オールスター戦での九者連続三振。
街には尾崎紀世彦の「また逢う日まで」が流れ、銀座の三越脇にマクドナルドの一号店が開業し話題をさらった。
そんな昭和四十六年(1971)、青森から出てきて、タクシーの運転手をしながらラーメンを食べ歩いていた後藤氏が、軽トラックの屋台を始めた。
十三年後、白金に店を構え、その七年後の1991年にはこの場所へ。「名主が村人の為に重い罪に問われる事を承知で、幕府の許可のないまま」(権之助坂商店街公式サイトより)開いたと言われる、権之助坂に。
以来、横浜のラーメン博物館、六本木ヒルズ、あるいは名古屋にも店を展開した。今、此処は「本店」と名乗るが、勝丸は、この店だけとなった。
ご承知のように、目黒駅からこの坂を下って、さらに山手通りを歩けば、個性的なラーメン専門店に数多く出くわす。なぜ、そうなったか解からないが、都内有数の激戦区に間違いはない。
時は移り、ライバルはどんどん増えていく。ネット上には、「勝丸、こんなだったか?」とボクと同じ思いを抱く人がたくさん、いる。
RDBの、この店の「今日の一杯(2016年4月16日)」(大崎裕史氏)を見れば「迷走」していたことも窺える。七十二歳になったという創業者をして「うちの味も最近はダメだった」と言わしめてしまったのだ。
ボクがまだ、小学生だったときに始まった「勝丸」、四十五年間の歴史。どこまで、伸ばせることができるだろうか。
願わくば、ずっと。