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時間との競い合いになったが一軒目に愛川と相原の山間に佇む【 麺工房 隠國 愛川本店】に寄ったあとなんとか閉店30分前に『コピオ相模原インター店』へと辿り着いた。◇限定・1960ネーミングの由来を大将に尋ねると時代への郷愁とのことだった。言わんとすることは理解できる。残念ながら当方は昭和40年代以降の『中華そば』しか分からない。大将に「どう?」と訊かれた返答の代わりにあっという間に「空」になった丼ぶりを掲げて見せた。当時のラーメンは自分が育った海沿いの町で一杯130~150円ぐらい。覚えているのは小学校に入学した時の同級生の店のラーメンが一軒だけ100円だったこと。そこが一番安かった。当時は基本のダシを取り生醤油ベースの割り下でスープをところが多かったように思う。今思うと実に簡素だ。それでも幼き少年にとっては唯一のご馳走だった。この日のラーメンはその時代の思い出の一端を切り取った一杯だった。
なんとか閉店30分前に『コピオ相模原インター店』へと辿り着いた。
◇限定・1960
ネーミングの由来を大将に尋ねると時代への郷愁とのことだった。
言わんとすることは理解できる。
残念ながら当方は昭和40年代以降の『中華そば』しか分からない。
大将に「どう?」と訊かれた返答の代わりにあっという間に「空」になった丼ぶりを掲げて見せた。
当時のラーメンは自分が育った海沿いの町で一杯130~150円ぐらい。
覚えているのは小学校に入学した時の同級生の店のラーメンが一軒だけ100円だったこと。
そこが一番安かった。
当時は基本のダシを取り生醤油ベースの割り下でスープをところが多かったように思う。
今思うと実に簡素だ。
それでも幼き少年にとっては唯一のご馳走だった。
この日のラーメンはその時代の思い出の一端を切り取った一杯だった。