レビューやランキングで探す、日本全国ラーメン情報
この日の目標は、これもぜひ食べてみたかったものの、なぜか見つからなかった麺之介です。地図でみるとかんたんそうなのになぜだか見つからず、過去にはいろいろな副産物がありました。いい方ではしかたなく入った翡翠軒という中華料理屋が大当たりでそれから何度か行った、悪い方では夜に探していたら謎の若いやつが道に出てきて、「すみません、おれとタイマンはってもらえますか」と誘われた、などですが、あまりに見つからないので、これはネット情報まで活用したさる組織の陰謀かと思ったほどです。ですがもちろんそんなことはなく、一度通過して確認。ついに念願の初食となったわけです。『ランチタイムが終わる頃』。そんなタイトルの歌もありましたが、ひょっとしたらその店の「素」がもっともよく出るかも知れない、そんな時間の訪問です。店内の様子には好感が持てました。かっこいいHPも持つ、若い人がやっているこういう店では、客との距離の持ち方に「職人」的なステレオタイプがあります。それがこの店の場合、年配の方にもいらっしゃいとあいさつし、かと思えばラーメンに焼き餃子と水餃子、ライスをマンガ読みながら待つ猛者の女性もと、そう古くはなさそうなのに何十年もやっている店のような空気があるのです。注文はひとまず、標準と思われる醤油ラーメンと餃子を。木曜は餃子半額だそうで、餃子3つついて780円のランチとどっちがいいかきくと、「ちょっとだけ高くなりますけど5つある単品の方がお得ですよ」と若い女子店員。この上ないレスポンスです。脚の間にはさんでこねる青竹手打ちのパフォーマンスをまじえながら、厨房の動きも申し分ありません。途中で小さなスプーンで白い粉を入れるのを見せるのも、この時代のラーメン店ではむしろ好印象です。途中でラーメン注文の方無料のライスも頼み、楽しみな一瞬を待ちました。ほどなく、ちょうどいいタイミングでラーメン到着。しばらくして餃子が一斉にリリースされます。脂身の多いチャーシューに、たまご、メンマ、ナルトと透き通るようなスープ、そしてこしのありそうな麺は、行き過ぎない上品さを感じました。ずーっとスープを味わい、太目の麺をすする。絶妙です。あわてないように、5つのパーツにあまらないように、ラー油と醤油、酢を調合し、ふっくらタイプの餃子を少しだけつけていただく。これも完璧でした。これは、私がもっとも好きなタイプのラーメンに使う形容詞、「人なつっこいラーメン」。おっと、餃子もです。百花繚乱の時代、個性を出そうとするあまりパラメータを振り切る一杯が増えている中、この奥ゆかしさは魅力です。パーツでいいましょう。スープは化学調味料のメリットをこれ以上ないほど引き出し、だしとのけんかをしないバランス。この地方に多い佐野様式の麺は、これまた太過ぎず細過ぎず、噛み応えと喉越しの両方を感じさせ、しかもそのバランスがかんどころのような、あまりに魅力的な麺です。おかげで、チャーシューやその他の具はほとんど思い出せないほど。でも、ラーメンはスープと麺があればいいのです。このバランスは餃子にしても同じ。パリッなのか、モチッなのか、両者の絶妙の地点が択ばれ、皮の中の空間の扱いも、温度の保存のさせ方も申し分ない。そして、広がる化学調味料の甘さ。ラーメンは刺激ではない、刺激はすぐに飽きる。そういっているかのようなラーメンと餃子は、その丼にいつまでも浸っていたいと思わせ、そして絶妙のタイミング、つまり量で終わります。されにいえば、何だか仲がよさそうな、つまり終わったらいい酒飲んでいるんだろうなと思わせる店員たちがまたすばらしい。貼り紙によれば1月に移転だそうですが、質問にも丁寧に応えてくれました。私は現在食べた太田のラーメン屋では、店の持つインパクトやら何やらが総合で森田屋支店を首位に置いています。ただ、この若い店の魅力は、佐野、手打ちなどのキーワードでは収まらない、人なつっこさとちょうどよさという美点を持っている、この店が移転でどう変わるのか、また太田訪問の楽しみができました。外に出ると、冷たい師走の空気。枯れた枝に飾りのない外観があまりに美しかったので、道を渡って写真も撮っておきました。(08/12/18食)
地図でみるとかんたんそうなのになぜだか見つからず、過去にはいろいろな副産物がありました。いい方ではしかたなく入った翡翠軒という中華料理屋が大当たりでそれから何度か行った、悪い方では夜に探していたら謎の若いやつが道に出てきて、「すみません、おれとタイマンはってもらえますか」と誘われた、などですが、あまりに見つからないので、これはネット情報まで活用したさる組織の陰謀かと思ったほどです。
ですがもちろんそんなことはなく、一度通過して確認。ついに念願の初食となったわけです。
『ランチタイムが終わる頃』。そんなタイトルの歌もありましたが、ひょっとしたらその店の「素」がもっともよく出るかも知れない、そんな時間の訪問です。
店内の様子には好感が持てました。かっこいいHPも持つ、若い人がやっているこういう店では、客との距離の持ち方に「職人」的なステレオタイプがあります。それがこの店の場合、年配の方にもいらっしゃいとあいさつし、かと思えばラーメンに焼き餃子と水餃子、ライスをマンガ読みながら待つ猛者の女性もと、そう古くはなさそうなのに何十年もやっている店のような空気があるのです。
注文はひとまず、標準と思われる醤油ラーメンと餃子を。木曜は餃子半額だそうで、餃子3つついて780円のランチとどっちがいいかきくと、「ちょっとだけ高くなりますけど5つある単品の方がお得ですよ」と若い女子店員。この上ないレスポンスです。
脚の間にはさんでこねる青竹手打ちのパフォーマンスをまじえながら、厨房の動きも申し分ありません。途中で小さなスプーンで白い粉を入れるのを見せるのも、この時代のラーメン店ではむしろ好印象です。途中でラーメン注文の方無料のライスも頼み、楽しみな一瞬を待ちました。
ほどなく、ちょうどいいタイミングでラーメン到着。しばらくして餃子が一斉にリリースされます。脂身の多いチャーシューに、たまご、メンマ、ナルトと透き通るようなスープ、そしてこしのありそうな麺は、行き過ぎない上品さを感じました。
ずーっとスープを味わい、太目の麺をすする。絶妙です。あわてないように、5つのパーツにあまらないように、ラー油と醤油、酢を調合し、ふっくらタイプの餃子を少しだけつけていただく。これも完璧でした。
これは、私がもっとも好きなタイプのラーメンに使う形容詞、「人なつっこいラーメン」。おっと、餃子もです。百花繚乱の時代、個性を出そうとするあまりパラメータを振り切る一杯が増えている中、この奥ゆかしさは魅力です。
パーツでいいましょう。スープは化学調味料のメリットをこれ以上ないほど引き出し、だしとのけんかをしないバランス。この地方に多い佐野様式の麺は、これまた太過ぎず細過ぎず、噛み応えと喉越しの両方を感じさせ、しかもそのバランスがかんどころのような、あまりに魅力的な麺です。おかげで、チャーシューやその他の具はほとんど思い出せないほど。でも、ラーメンはスープと麺があればいいのです。
このバランスは餃子にしても同じ。パリッなのか、モチッなのか、両者の絶妙の地点が択ばれ、皮の中の空間の扱いも、温度の保存のさせ方も申し分ない。そして、広がる化学調味料の甘さ。
ラーメンは刺激ではない、刺激はすぐに飽きる。そういっているかのようなラーメンと餃子は、その丼にいつまでも浸っていたいと思わせ、そして絶妙のタイミング、つまり量で終わります。
されにいえば、何だか仲がよさそうな、つまり終わったらいい酒飲んでいるんだろうなと思わせる店員たちがまたすばらしい。貼り紙によれば1月に移転だそうですが、質問にも丁寧に応えてくれました。
私は現在食べた太田のラーメン屋では、店の持つインパクトやら何やらが総合で森田屋支店を首位に置いています。ただ、この若い店の魅力は、佐野、手打ちなどのキーワードでは収まらない、人なつっこさとちょうどよさという美点を持っている、この店が移転でどう変わるのか、また太田訪問の楽しみができました。
外に出ると、冷たい師走の空気。枯れた枝に飾りのない外観があまりに美しかったので、道を渡って写真も撮っておきました。
(08/12/18食)