刈部山本さんの「ホープ軒」のネット記事と雑誌「ラーメンマニアックス」を参考にして「ホープ軒」の歴史をまとめてみる。
私も30年前くらいに広告の担当者に紹介してもらって話をさせてもらったことがある。その当時、インターネットがあったら私も記事を書けたのだが・・・。
「ホープ軒本舗」の難波さんが貸し屋台をやっており、20歳の牛久保さんが屋台を借りて昭和35年1月20日に営業開始。内幸町時代は屋台なのに1日で800杯出したこともあるらしい。最初から背脂ラーメンだったわけではなく、試行錯誤してその頃に背脂入りラーメンが誕生。屋台時代に「弁慶」の西川さんや「香月」の穴見さんがアルバイトで働いていた。二人共タクシー運転手からの転職でまずは屋台で独立してから店を持った。千駄ヶ谷に店を出したのが昭和50年1月21日。千駄ヶ谷で店を出す際に、二人も独立して出店。店舗を構えた一時期は「ニューホープ軒」と名乗っていたことも。他の「ニューホープ軒」とは一切関係なし。支店は古川橋にあった「ホープ軒」のみ。(現・環七丸山店)「ホープ軒」の商標は千駄ヶ谷が持っている。半濁の豚骨スープに醤油ダレ、そして背脂。麺はずっと太麺。大量に茹でて提供しなきゃいけなかったから太麵が良かったのとスープに合っていたから。昔からカウンター上に置かれたネギは取り放題。
古川橋の店は平成元年に出店、令和元年6月30日で閉店。令和元年7月10日に野方でオープン。
野方と言えばまったく関係のない「野方ホープ」の本店がある地。あえて選んだのか、たまたまなのか興味深い。外観も派手になり(千駄ヶ谷のホープ軒に似ている感じ)、表からの見た目が幅広くなったが24時間営業は変わらず。午前10時過ぎに行ったら一人だったのでいろいろ聞いてみた。「24時間を何人で回しているんですか?」→「2.5人です」、「千駄ヶ谷の支店ということでいいんですよね?」→実は意外な答えを期待していたのだが「そうです」というシンプルな答えだった。暖簾分けとか、FCとか、はたまた「無関係なんです」とか、驚いてみたかった(笑)。味は変わらず。麺の量は多め。今では記憶の中でも「懐かしい味」になっている。ラーメン750円。












