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2021年10月5日の大崎裕史の今日の一杯

東京都北区上中里

半チャーハン・ラーメンセット

東京に出てきて45年。広告代理店で営業職だったこともあり、いろんな駅で降り、ついでにいろんなラーメンを食べに行った。インターネットができてからは情報も増え、食べ歩きだけでいろんな駅に降りた。どの駅にも話題のラーメンはあるもので私鉄も含めて23区内のほとんどの駅で降りたのではないかと思っていた。しかし、JRのこの駅「上中里」で降りたのは初めてかもしれない。

ネットで検索している中でこの駅が『都区内で2番目に利用客が少ないJR駅』だと知る。(1位は越中島で屋台時代の「谷やんラーメン」で使ったことがある。)確かに周りに商店街らしきものもない。そんな中で50年以上の歴史を誇る「中華そば」を掲げているお店がある。それが「ますや」。もちろん初めて知った。驚いて今回食べに行った次第である。

住宅街にあるその店はラーメン店には珍しく、カウンターが無い。2人卓×2、4人卓×2の小さな店。いわゆる「日式町中華」で酢豚や麻婆豆腐がなく、麺メニューとどんぶり飯が中心。私は町中華担当ではないので他のメニューには目もくれず、中華そばを注文。いまどき400円のラーメンだ。ただ、半チャーハンとラーメンのセット(700円)があったのでそれに変更した。

そんなに期待はしてなかったが、そうは言っても50年以上続く店には何か魅力があるはず。そしてこの店には「中華そばがうまい」という魅力があった。今風のラーメンと比べると“昔風”ということになるだろうが、神保町の『半チャン御三家』(さぶちゃん、伊峡、成光)が好きな人なら、ここは必ず好きになるはず。この店が神保町にあったら『半チャン四天王』と呼ばれていたに違いない(と思う)。

そんな神保町が頭に浮かびながらお会計を厨房の方に行ったら麺箱が見え、製麺所が「小池製麺所」だとわかる。「伊峡」と同じ製麺所だ。もしかしたら製麺所繫がりで「伊峡」に味を教わったりしたのだろうか?などと妄想が始まったが、こちらの創業は「伊峡」よりも古い。改めて「こちらはいつ頃から店を始めたのですか?」と聞くと「創業は昭和30年代だけどその時は氷屋だったんです。ラーメンを始めたのは昭和40年の前半ですね。」とのこと。「伊峡」(昭和41年)、「さぶちゃん」(昭和42年)、そしてここが昭和40年前半。3軒とも「小池製麺所」。いったい昭和40年代前半に何が起きたのであろう?

なお、メニュー名は「中華そば」400円であり、「半チャーハンラーメンセット」700円と中華そばとラーメンが共存する。もちろん同じ物だ。(たぶん)

お店データ

中華そば ますや

中華そば ますや

東京都北区上中里2-38-10(上中里)

このお店の他の一杯

    大崎裕史
    大崎裕史

    (株)ラーメンデータバンク取締役会長。日本ラーメン協会発起人の一人。東京ラーメンフェスタ実行委員長。1959年、ラーメンの地、会津生まれ。広告代理店勤務時代の1995年にラーメン情報サイト「東京のラーメン屋さん」を開設。2005年に株式会社ラーメンデータバンクを設立。2011年に取締役会長に就任。「自称日本一ラーメンを食べた男」(2024年6月末現在約14,000軒、約29,000杯実食)として雑誌やテレビに多数出演。著書に「無敵のラーメン論」(講談社新書)「日本ラーメン秘史」(日本経済新聞出版社)がある。